« トロント逆日記(5) | トップページ | 長崎ふたたび »

ご無沙汰!!!!

そんな感じで、戻って参りました。
ご無沙汰でございます。

お葬式というのは、ほんとうに大変ですね。
特に私のような「なくなった方の娘の夫」という立場は
とても微妙で、どのように動いていいのかよくわからない
感じでした。

お葬式は、残された者たちのための儀式、と柳田国男が言ったとか言わなかったとか。
ほんまにそうでした。

残された者たちの闘争のための儀式、と言い換えてもいいかもしれませんが(泣)。


その後、学校研修会やら学会やらで忙しく、今日は午前中少し時間ができたので
HPを更新しています。

今週は、土曜日に私が書いた(もとのものにかなり手を入れた)台本をもとにした
児童発表が小学校であるので、見に行ってきます。
先週通し稽古を見てきましたが、なかなかがんばっていました。

せっかくですから、台本を載せておきます。
もし、こんな台本を書いて欲しいというところがあれば、
メール下さい。
お安く、お値打ちで(名古屋的な言葉)引き受けまっせ!!!
(なお、○年は担当する学年を表しています)

あやめの前 伝説
(広島県東広島市原地区に伝わる伝説)

1・2年 私たち原小学校の校章には、あやめのもようが入っております。校旗にもくっきりとあやめの図が入っております。これには、貴いいわれがあるのです。

ナレーター ぬえたいじ

3〜6年 今は昔、仁平の御代

3年 みかどは、夜な夜なししんでんの上に現れるもののけに悩まされておりました。

4年 このもののけのせいで、ひどく体調をこわされていたのです。

5年 えらい神官やお坊さんがお祈りされましたが、いっこうによくなる気配がありませんでした。

6年 とうとう、当時天下第一と名の高かった弓の名人、源頼政にこのもののけの退治の命が下りました。

5・6年 頼政は、つつしんでお受けいたし、家来の、いの早太を連れて、夜更けの御殿へ向かいました。

3〜6年 「ようかい ござんなれ」

4年 待ち受けていますと、あやしい鳴き声を夜空いっぱいにひびかせ、ひびかせ、ようかいが襲うてまいりました。

(BGM・・・ここであるいは神楽が起こる)

5・6年男 頼政きッとみあげたれば、雲のなかにあやしき物の姿あり。

5・6年男 これを射そんずる物ならば、世にあるべしとは思わざりけり。

5・6年男 さりながらも矢とッてつがひ、「南無八幡大菩薩」と心のうちに祈念して、よッぴいてひやうど射る。

5・6年男 手ごたえしてはたとあたる。

5・6年男 「えたり、をう」とや矢さけびをこそしたりけれ。

(BGM・・・ここであるいは神楽が終わる)

3・4年 早太がさっそく駆けつけ突殺してあらためますと

3〜6年 頭が猿、胴はトラ、体はたぬき、尾は蛇、恐ろしいぬえでありました。


5・6年女 みかどのご病気はただちにお治りになったのでございます。

5年 「頼政、そなたには妻がおらぬそうだな。私につかえているもののなかから妻を選びなさい。」

6年 みかどの、ありがたいお言葉に、頼政は、以前から心に懸けていた「あやめの前」を選びました。

5・6年女 「あやめの前」も、頼政の勇敢さと心優しさを知っておりました。

3〜6年 こうして、頼政とあやめの前は、夫婦になったのでございます。

ナレーター 宇治平等院の戦い

5・6年 そのころ、大変わがままをつのらせていた人で平清盛というものがおりました。

6年男 頼政は、清盛を打ち落とそうとして戦いを起こしました。

3〜5年 けれども、多勢に無勢、頼政はおいつめられ、宇治平等院にたてこもりました。

(BGMなど)

3・4・5男 平家これをきいて軍兵を宇治にさしつかわす。その数三万余騎。

6年男 頼政、もとより思いもうけたる事なれば、少しもさわがず、三百余騎にて立ち向かう。

6年男 頼政、今日を限りと思われければ、わざとかぶとをば着ざりけり、家来どもと命を惜しまず戦いけり。

5年男 頼政がいたぞお。

3・4・5男 うんかのごとき平家の軍勢が、平等院に押し寄せる。

3年 いたぞ、頼政! 観念しろ!

3・4年 いたぞ、頼政! 観念しろ!

3・4・5男 いたぞ、頼政! 観念しろ!

6年男 もはや、これまで。

3〜6年 頼政は、念仏を百ぺん唱えて、腹を切りました。

(BGM おわり)

6年男 うもれぎの 花咲くこともなかりしに 実のなりはてぞ あわりなりける

5・6年女 夫をお討たれになって、あやめの前のおなげきは、どんなにつらかったことでありましょう。

6年女 頼政様−

5・6年女 頼政公の御後をおとむらいになるいとまもなく、涙も枯れ果てて 都を落ちていかれるのでした。

3〜6年 お供のものは、頼政が残した子ども種若丸や、家来のいの早太などほんのわずか。
船にお乗りになり、西国さしておちてこられたのです。

ナレーター 賀茂ごおり

3〜5年 平家の追っ手をのがれ、お着きになったのが、この賀茂ごおりでした。

6年男 御薗宇村の吾妻子の滝まで来た時、

6年女 ああ、なんということでしょうー

6年 頼政のわすれがたみ種若丸は、長旅の苦労がたたり、あの世に旅立たれたのです。

5年 この吾妻子の滝には、今でも滝の観音、別名東子の観音という御堂が残っております。

3〜6年 あやめの前の悲しみはどこまで続くのでしょう。

6年 けれど、希望も生まれました。

6年女 あやめの前は、京都を逃れるとき、すでに頼政の子どもを身ごもっていました。

6年男 治承四年 十月十八日 男子が誕生しました。

6年女 ああ、この子は、頼政様の生まれ変わりなのでしょう。

6年 種若丸を失ったあやめの前は大変喜び、子どもは豊丸と名づけられ、別に源兵のすけと名付けました。

3〜6年 あやめの前は二神山に居を定め、ようやく幸せな生活を始めたのです。

(BGM流れて消える)

ナレーター しかし。

6年女 あやめの前に、幸せは長く続きませんでした。

3・4年 「大変です。あやめの前様 源兵のすけ様が病にお倒れになりました。」

5年 「あやめの前様、いの早太さまも、おなくなりになりました。」

6年男 頼みとする者たちを失ったあやめの前を、平家のものどもがおそいかかります。

5年男 みなの者、二神山を囲むんだ。

3〜5年男 お−

5年女 あやめの前様、賊がもうそこまで来ております。

6年女 なんと。

5年女 早くお逃げください。

5年男 あやめの前がいたぞ−。

5年女 早く、この馬にお乗りください。

6年女 みなさんも一緒に逃げましょう。


ナレーター 原の里

6年男 あやめの前は、白いお馬にお乗りになり、わずかのお供に守られ原の里に落ちてこられました。

3・4・5男 あやめの前はどこだー追えー追うのだー(以下、次の5年男まで言い続ける)

6年女   もうこれまでです。ここで、自刃しましょう。

5年女 "  あやめの前様、私が身代わりに立つすきにお逃げください。
  まだ夜明けには遠く、この闇の間に敵をあざむきましょう。"
  

6年女   つる姫、なにをいう。それはできません。
               
5年女   私のことならよいのです。さあお逃げください。早く。

5年男 いたぞ−あそこだ−。

5年女 "われこそがあやめの前ぞ。お前らごとき賊の手にかかってなるものぞ。
池に入ってむくろのはじをのがれる覚悟。あやめの前の最期を見よ。"


6年 ザプン。

5年男 あやめの前が池に飛び込んだぞ。

6年女 つる姫は池にざんぶと身をしずめ

6年 底の水藻となられました。

5年 この池は今も残っており、名を姫が池と申しております。

3・4・5男 しかし、平家はあざむかれたことを知り、なおもしつこく後を追います。

6年女 もはや、これまで。

6年 自害する覚悟をあそばしたとき

6年 白馬が前足を上げてわが腹を打ちながら

6年男 ここにおかくれなさいませ

6年女 つる姫のみか馬までも、忠義の心をもつものか。ふびんなものよ。


6年男 ついに心をお定めになり、馬の腹をさいて中へお忍びになりました。

3・4・5男 平家はとうとうここであやめの前を見失なったのです。

6年女 つる姫よ。白馬よ。わたくしのために、命を落としてしまいました。

6年 つる姫と白馬が眠るこの地に 私も住まいを定めましょう。

3〜6年 こうして、あやめの前は、原の里を最後の地と定め、隠れ住まわれるようになりました。

5年 原の里人も、あやめの前を心よりお慕いしお仕えしました。



(BGM静かに流れる)

6年女 けれど、あやめの前は、考えました。

5・6年 私の大切な人々がなくなったことを。

5・6年女 頼政様。

6年女 我が子、種若丸、源兵のすけ。

5年女 身代わりになった、つる姫、白馬。

5・6年/5・6年男/5・6年女 そのほか、戦いでなくなった/ 多くの男たち/女たちのことを。
(BGM消える)

6年 あやめの前は、里の人々を呼び集めました。

6年女 この上は、この西条郷が一望に見渡せるこの場所にどのうを作り、その中に入りて食を断ち、定に入り、笛の音のたゆると共に、命もたえて、見渡す里のなりわいを守る御魂となろう。

5・6年女 定めなき 世をうきことと 見限りて ぼだいの道に いるぞうれしき

6年男 三十七日間、笛の音が聞こえました。

5年 あやめの前様ー

6年 やがて笛の音も聞こえなくなり

3〜6年 あやめの前は、神へとおなりになったのです。

6年 腹の里人は、あやめの前を小倉神社におまつりしました。

5年 あやめの前の墓は、今も西条盆地が一望に見渡せる場所で静かに眠っています。

(BGM)

1・2年 遠く 八百年余りも昔

3年 天子様のおそばにお仕えした あやめの前

4年 後に 源 三位頼政の妻となり

5年 いくさにまきこまれほんろうされ

6年 多くの悲しみを背負った、あやめの前

6年女 深い えにしの糸にあやつられ

6年男 この草深い 原の里においであそばしし。

全員 "この地で お亡くなりになり
この地の 守り神様となられた あやめの前"

« トロント逆日記(5) | トップページ | 長崎ふたたび »

コメント

難波先生

私の伝説を、筋が通ったものにしていただきまして、ありがとうございました。
また、ふんだんに古文を取り入れ、日本語の美しい響きが味わえるようにしていただきました。うれしく思っております。
ただ、台本の、「頭が猿、胴は虎、体はたぬき、尾は蛇」の『体はたぬき』だけは、抵抗がありましたので、却下させていただきました。
発表会の日には、いいものを見ていただけると思います。みんなの力で、少しずつ仕上がっています。
お越しをお待ちしております。

                         あやめの前

皆さん
先日、難波先生に通し稽古を見ていただいたのですが、全然じっとしていなくて、行ったり来たり。少年(いいすぎかな)みたいに、目を輝かせて、生き生きと指導されていました。
台本を頼むと、演出、演技指導、発声指導等サービスもついていますので、お値打ちかもしれませんよ。

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ご無沙汰!!!!:

« トロント逆日記(5) | トップページ | 長崎ふたたび »