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結構力を入れた文章

下の文章は、「学校教育」2003年12月号に掲載したものです。結構力を入れた文章です。「原先生」という方の実践をもとに書いているのでわかりにくいかもしれませんが、どんな授業か想像しながら読んでみてください。


原実践とともに−「外部」への「道」を歩む児童を育てる−
難波博孝


2003年1月、附属小学校の体育館は異常な緊張に満ちていた。そこは授業研究会の原先生の公開授業の場であった。けれども、その場は「たたかい」の場となっていた。真実の「たたかい」の場であった。体育館の向こうで、戦闘機による激しい爆撃の音が聞こえていた。
私はその場にいて、二つのことを思っていた。一つは、この授業プランの話を聞いたときの衝撃である。

「ヒロシマ」のことをとりあげて授業したい。けれども、それは国語科の授業として行いたい。ただ、「ヒロシマ」を知識として伝えるのでは、今の子どもには響かない。特に、アメリカの主導のもと、戦争が「正義」の名の下に行われている、今という時代を生きる子どもには、もっと「ゆさぶる」ことをしないと、いかに広島の児童とはいえ、深く心に響かない。そのことと国語科としての授業成立とをなんとか同時に実現したい。

私は、原先生の授業の思いをこんな風に受け止めた。そして、あの衝撃の記者会見が授業の中で取り上げられた。「私は、ヒロシマ、ナガサキに投下されたように原爆使用を考えています。」このムーミン大統領のようなことばを、かって「ヒロシマ」の授業を行った教師たち、広島の教師たちは、学習者に投げつけたことがあるだろうか。このようなことば、このような授業プランを採った背景にある、原先生の思いの深さに、私はただこの授業が成功すること−学習者の心に届きことばが心の奥からわき出ること−だけを祈った。
私は、公開研の授業で、ムーミン大統領のことば−原先生の思い−が学習者の心に確実に届きつつあることを、自分の目で確かに確認していた。児童たちは、ムーミン大統領のことばに驚き、怒り、なんとか反論しようと試みていた。それは、自分たちの中にある「平和は大事なんだ。原爆は絶対悪なんだ」という安易な思いこみへの問い直しでもあった。原爆を使用することは正義だと傲然と言い張る大統領によって、児童たちは、使い古された「平和ジャーゴン(定型的な言い回し)」から脱却し、自分だけの言葉を誰にでも通用する論理にのせて、自分の意見として書き、質疑に備えなければならなくなった。
もちろん、そのような学習の場が生まれたのは、ムーミン大統領の言葉だけではない。原先生の本気の覚悟に、児童たちが突き動かされたからでもあった。「この先生、本気だ。本気で平和を考えようとしている。本気で僕たちの言葉を求めようとしている」このような教師の前で、「いい子」ぞろいの附属の児童たちも、本気にならざるを得なかった。こうして、体育館は、真実の場となった。

もう一つ、私が公開授業の場にいて思っていたことがあった。それは、私が5年前に行った芝居のことだった。私は名古屋で、小さな劇団の芝居をやろうとしていた。旗揚げ公演に選んだのは、二重人格の少女(の脳に接続されたコンピュータ)に支配された世界が救われるかとみえて、結局その少女の父親(二重人格の原因でもあった)によって全てを失ってしまうという、悲劇的な芝居だった。この芝居の間じゅう、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争時に、市街戦の悲惨な状況を空襲の音とともにインターネットラジオで流し続けていた音声を、ずっとBGMとして使っていた。
悲惨な状況は、その悲惨さがすすむにつれ、ますます、「外部」には伝わらなくなる。「内部」の人々が死ぬからである。生物的にも社会的にも「内部」の死者が増えれば増えるほど、「外部」からは、「内部」が何も起こっていないように見える。インターネットラジオの音声は、「内部」を伝えるための、かろうじて「外部」に開かれた「道」であった。
私は、舞台の上では全てを失って「内部」が消滅するという結末でありながら、最後の希望を見に来ていただいた観客の人々に託したのであった。その思いの象徴が、インターネットラジオの声であった。
私が体育館で聞いたのは、インターネットラジオと空爆の音だった。あれは「たたかい」の場だった。
「ヒロシマ」は「内部」にとどまってはならない。常に「外部」に道を開いていかなければならない。それが、日本にすむ人間の責務であり、広島に関わる人間の責務である。けれども、「ヒロシマ」の「内部」は、「外部」に発信する力を、今本当に持っているのだろうか。原実践は、硬直化した「内部」をもう一度ゆるがし、「外部」への「道」を再びつけようとする試みだった。

私も原先生も、国語教師である。国語教師は、学習者の「ことばの力」を育てることに苦心する。では、「ことばの力」とは何だろうか。『学校教育』本年(2003年)10月号に掲載した、「学級集団のコミュニケーションはどうなっているか」という私の文章で、私は、「ことばの力」についてある図を示し自分の考えを述べた。この図を使って原実践を考えてみたい。(読者のみなさんは、大変申し訳ないが、10月号の図を見ながら以後をお読みいただきたい。)
私は、国語科の学力を三つの領域で考えた。一つは、「基盤領域」である。これは、国語科のみならず、学びの基礎基本を成すものであり、「話す・聞く(プライベートコミュニケーション)」と「文字・語彙」「感じること」(前の図では活動領域に置いていた。本論では基盤領域に入れる)が含まれている。
もう一つは、「活動領域」である。ここには、「話すこと・聞くこと(パブリックコミュニケーション)」「読むこと」「書くこと」「考えること」とが含まれている。
最後は、「価値領域」である。ここには、私たち自身の言語活動や思考(内言)活動の根底にあってそれらをコントロールしている「メタ認知(認知を制御するもの)」を獲得し定着させ変革させ時には柔軟にすることが含まれている。
私は、これら三つの領域が緊密に結びついてはじめて、すぐれた実践といえると考えている。具体的には、学習者自身のさまざまな価値観をゆさぶり更新していくような価値的な方向性を持った活動の中で、読む・書く・聞く・話す・考えるという学習がなされること、そしてその学習=活動の背後には、教師と学習者や学習者同士のプライベートコミュニケーションが十分あり、また学習者の言語的知識の増進と感覚の深化が保証されていること、である。
この考えに従って、原実践を考えてみよう。原実践の学習者は、平和について「ヒロシマ」について、今までの表面的な価値観ではないことを求められる中で、自分自身の平和観、ヒロシマ観を再構築しようとしていた。そのような方向性があるからこそ、「人前で発表すること」「人の意見を聞き批評すること」「説得力のある文章を書きまたそれを読んで批評すること」といった学習が、<意味>を持ったのである。
では、なぜ原実践の学習者たちは、(先生へのおつきあいではなく)本当に自ら自分自身の平和観、ヒロシマ観を再構築する「道」に歩みだしたのだろうか。
図をもう一度見ていただきたい。価値領域は活動領域だけでなく、基盤領域とも結び合っている。
価値領域の学びは、基盤領域の「感じること」「プライベートコミュニケーション」「ことばそのもの」と結び合わないと起こらない。具体的には、教師と学習者の心の結びつきがありながらも、また、あるからこそ、学習者の心の内奥に突き刺さるような「ことば」が、教師からあるいは学習者から生み出される。そして、そのような<できごと>が、価値領域の学びを引き起こしていくのである。
「ヒロシマ」の内部から外部へと<呼びかける>「道」を歩み出す学習者を育てるために、原先生はまず、勇気を持って学習者の「内部」に強烈に呼びかけていった。その背後には、教師と学習者との相互信頼があった。
呼びかけた<声>は、学習者の「内部」に響き、それぞれが「外部」へと歩みだした。そして、この私も、この<声>によって、一歩前に進むことができたのである。
「内部」から「外部」へと歩み出す勇気。歩み出させる勇気。国語教室には今、これらの「勇気」が求められている。原実践の「勇気」に学びたい。

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